解雇・パワハラ・賞与の査定。
会社の扱いが気に入らない。
ついては慰謝料100万円請求できますよね?労働審判で。
…そんな素人の妄想を膨大なデータで粉砕する、でもよい本です。
(個々に相手取った奴はさておいて)束になった弁護士はいい仕事を世に送り出してくれるよな、と、この本を読んで思わされました。
この本には、過去10年分の判例専門誌に収録された労働関係の慰謝料請求事件判決から事案の概要、請求額と認容額が事件類型ごとに収録されています。その数440件。当分のあいだ、類書はでないでしょう。
こうした本がなかった今まで、『労働事件の慰謝料分析は、これまでブラックボックスにあり、系統立てた調査や資料の分析は行われてきませんでした。そのため、若手弁護士からは、労働相談で慰謝料を質問され相場感がわからず適当に答えてしまったというような赤裸々すぎるエピソードが語られることもありました』(本書 はしがきより)というのは確かにそうで、この本が実務家の相場感の早期形成に役立つことを強く期待します。
なんとなく慰謝料請求しようとお考えの本人訴訟希望者に示されるデータとしては厳しいものがあります。
本書では配転・降格・懲戒・パワハラ・セクハラ・解雇・雇い止め・労災など全14類型が挙げられていますが、そのうち請求が一部でも認容されたのは
- 懲戒処分 22件に対し6件
- パワハラ 45件に対し28件
- 解雇 89件に対し33件
- 雇い止め 27件に対し9件
完全敗訴を免れたものがこれだけだ、と考えねばなりません。100万円の請求に対して5万円の認容判決でも請求認容のほうにカウントされることは、本書所載の表をみれば明らかです。
さらに注意しなければならないのは、本書における調査母集団は『判例専門誌に掲載されたもの』であることです。
当然ながら素人が適当に起こした本人訴訟の敗訴判決など掲載されないので、実際のレートとしては上記の統計よりさらに労働側に厳しい、と考えねばなりません。
上の数字をみて、パワハラに対する慰謝料請求なら半分の事例で認められる、と思ったらもう既に情報戦で負けてます。
この本のまじめな使い方としては、書かれている説明だけで納得するのではなく記載の裁判所名・判決日をキーにして判例検索サービスを探し、判決全文を読むためのリファレンスブックとするのがよいでしょう。
他人事として言うなら、請求額に対して一割程度の請求しか認められてない裁判例がホイホイ出てくることに少々笑えてくるところです。訴訟費用を払わされる原告はたまったものではないでしょうが…依頼人と意思を一致させて、必要な請求をシャープに実現することはとても難しい、ということなのでしょうね。